今回お話を伺ったのは、日本大学で柔道に打ち込み、インカレや国体などに出場し自衛隊体育学校での競技生活を終え引退後は、学校現場で講師を務め、その後、珈琲店「SPECTACLES COFFEE 023」を開業。現在は地元・福岡県で柔道教室も運営しながら、多くの人とのつながりを育んでいる廣川文美氏です。
柔道とともに歩んだ学生時代から、数々の困難や挑戦を乗り越え、現在に至るまでの歩み、そして人生において大切にしている価値観について、廣川氏の「心ときめく歩き方」を伺いました。
環境を変えるのではなく、つくる側へ
日本大学で柔道に打ち込み、国家公務員で現役を続けた後、学校で講師として教壇に立ちました。子どもたちと向き合う毎日は充実していましたが、教育現場で働く中で、少しずつ自分の将来について考える時間が増えていきました。
教員採用試験を受け、このまま教員として歩んでいく道も考えていましたが、その先の未来を思い描いたとき、「本当にこのまま続けていていいのだろうか」という思いが次第に強くなっていきます。
特に大きかったのは、生徒を第一に考えたいという自分自身の価値観と、現場で求められる考え方との間にギャップを感じていたことでした。あるとき、教育方針について率直に意見を伝えたことがありました。その際は厳しい反応を受けましたが、後から「言ってることは間違っていない」と声をかけてくれる先生もいました。
ただ、共感する声があっても実際に意見として表に出ることは少なく、その経験を通して、「理想を現実に、そんな価値観で働ける環境で挑戦したい」という思いが、より強くなっていきました。
今後、環境や人の考え方を変えることは難しくても、自分が関わる場所や身近な人たちとの環境であれば、前向きな空気をつくることはできる。そう考えるようになり、「自分自身が理想とする環境をつくる側になりたい」という思いが芽生えていったことが、珈琲店を開業するきっかけとなりました。
挑戦するから、人は強くなれる
珈琲店の開業を考え始めた頃、人生が大きく動いた転機となったのが、新型コロナウイルスの流行でした。当時は柔道で怪我をした膝の手術をし入院中、「挑戦するなら今しかない」という思いが一気に強くなりました。そして退院前日、地元で珈琲店を開業することを公表しました。
突然の決断に家族や周囲は驚いたと思います。それでも、自分の意思を先に言葉にしたことで、多くの「頑張れ」という応援の声をいただきました。もう後戻りはできない。そうして自らを覚悟の決まる状況に置き、クラウドファンディングにも挑戦しました。経営の知識も、お金のことも分からない状態からのスタートでしたが、多くの方々の支えを受けながら、珈琲店を立ち上げることができました。


この挑戦を通して、大きな気づきがありました。それは、「できない理由」を探せば不安はいくらでも見つかる一方で、「できる方法」も同じくらい存在するということです。「タフになってから挑戦する」のではなく、「挑戦するからタフになる」。そう考え、悩み過ぎる前に一歩踏み出してみる。その行動こそが、目の前の景色を変えてくれるものになっていくと思います。
もちろん、頑張り方を間違えれば失敗することもあります。しかし、その経験があるからこそ、自分で考え、乗り越える力が身につきます。挑戦して初めて見える景色があるからこそ、失敗は終わりではなく、本当の学びの始まりなのだと実感しました。
子どもたちを見ていても、失敗を「ダメなこと」だと捉えている子は少なくありません。しかし、「失敗は挑戦してる証」と思えた瞬間、その経験は単なる失敗ではなくなります。そうした積み重ねが、人を成長させ、自分を認め、自分の人生を歩む力になっていくのだと私は考えています。
少人数で向き合うからこそ、一人ひとりの個性を知れる
指導者向けの道場での指導や、毎月のイベントで大人数で柔道体験などやる事もありますが、現在は週に3日、幼児から5年生までの子どもたちに柔道を教えています。一度の指導は5〜6人ほどが理想。以前は週に1日10人近くになる事もありましたが、中高生を見てた私にとって幼児や小学生が面白く「もっと会話をして、その子自身を知りたい」という思いから、あえて少人数での指導を選びました。
私が大切にしているのは、指導者として完璧であろうと無理することではなく、一人の人間として子どもたちと向き合うことです。困っていることや、子どもたちの行動に対して感じたことも、できるだけ素直に伝えるようにしています。すると、「ふみちゃん、なんかする?」と声をかけてくれる子どももいます。
子どもたちには、「悲しいのは自分だけじゃない。周りにも悲しむ人がいるし、大人だって同じなんだ」ということも伝えたいと思っています。大人だから、先生だからといって、いつも強く、完璧でいる方が距離が広がる。自然体で人と人として向き合うことも、子どもたちにとって大切な学びになると考えています。


そして、子どもたちが私の言葉だけ「正解」として受け止めているように感じたときに伝えることがあります。「正解は一つじゃない。わたしの考えを参考にしてもいい。でも、それが通用しない場面もある。だから、他の正解も見つけたら教えてね。」
そう伝えるのは、自分自身の経験があるからです。学生時代の私は、周りに言われたことを素直に受け止めすぎるあまり、自分の考えを見失い、違和感を感じる時期がありました。その経験があるからこそ、子どもたちには自分も大切にして欲しいと思います。
だからこそ、「分からないなら、分からないと言っていい」と伝える。そして、すぐに答えを教えるのではなく、「どうだった?」「何か工夫したことある?」と、一緒に考える時間を大切にしています。
ものの見方が柔軟で、どんなものでも遊べる。それが幼少期や子どもたちは本来得意なはず。誰かの正解を覚えるだけでなく、感じる、考える、自分なりの答えを見つける過程こそが将来にもつながると思います。
柔道を教えているようで、実際には私自身が子どもたちから教えられることも少なくありません。一人ひとりの可能性を信じ、答えを与えるのではなく、一緒に考えながら成長していく。その積み重ねが、柔道でいう自他共栄。生きる力にもつながっていくと考えます。私自身もまた、子どもたちと共に学び、成長し続けたいと思っています。


「原点に帰れる場所を作りたい」
昨年は家族の介護に専念するため、一度珈琲店を閉める決断をしました。それでも、お店を営業していない今も豆を買いに来てくださる方や、オンライン注文や配送でつながり続けているお客様がいます。
振り返ると、お店だけではなく、人とのつながりも、無理に広げるのではなく、自分と自然に合う人たちが残っていくように感じています。その存在が、今の自分を支えてくれています。
こうして振り返ると、私の人生は「まずやってみる」の繰り返しのように思います。最初から完璧な正解を決めて進むことが減りました。「これ、面白そうだな。」 「やってみたら、どうなるんだろう。」そんな好奇心を大切にしながら、一つずつ試してみる。実験の連続です。もちろん失敗することもありますが、今は失敗と捉えてない気もします。健康でさえあれば何度でもやり直せる。だから私は、「うまくいくかどうか」ではなく、「やってみたいかどうか」を大切にして選択したいと思っています。その先にどんな景色が待っているのか、自分自身も楽しみです。
最近、ふと考えることがあります。「原点にかえる場所をつくりたい。」
人は忙しかったり、歳を積み重ねると、いろんなことを忘れる気がします。「自分ってあの時こういう人だったな」と思い出せる場所や人、環境を大事にしたい。
私にとって、そのきっかけの一つがコーヒーです。朝コーヒーを淹れていると、その日の自分の状態がわかります。忙しいのにゆっくり丁寧に抽出している日は、「のんびりし過ぎ」ていたり、反対に時間に余裕があるのに焦って抽出している日は、「セカセカ」していたり。
普段は気づかない心の変化も、少し立ち止まる時間があるからこそ見えてくる。そんなふうに、ありのままの自分を受け止める時間や、すこし気にしてみる時間も大切にしていきたいです。そして、自分だけでなく、誰かにとっても原点に帰れる場所をつくっていけたら幸せです。
あとがき
今回の取材では、廣川氏のこれまでの歩みだけでなく、その時々の選択に込められた想いや価値観についても、率直にお話しいただきました。
お話を伺う中で印象的だったのは、どの経験も特別に飾ることなく、その時に感じたことや考えたことを、ご自身の言葉で丁寧に伝えてくださったことです。一つひとつの出来事や出会いを大切にされてきたからこそ、現在の活動や人とのつながりへとつながっているのだと感じました。
ご多忙の中、貴重なお時間をいただき、このような機会をいただいた廣川氏に心より感謝申し上げます。この記事が、自分らしい選択や新たな一歩について考えるきっかけとなれば幸いです。
