まえがき
FBSの昼帯ワイド番組や日曜の情報番組など、さまざまな番組に出演し、式典やイベント、CMナレーション、スクール講師、ラジオ番組まで数多くのフィールドで活躍されてきた森田みきさん。現在はフリーアナウンサーとして、DAZN・スカパーでJリーグ公式映像の中継レポーターや女子サッカークラブ福岡JアンクラスのスタジアムDJとしても活躍し、大学や専門学校での講義、キャリア教育、企業研修などにも力を注ぐ森田さんの「心ときめく歩きかた」を伺いました。
“心ときめく仕事”を見つけた学生時代
学生時代にイベントスタッフのアルバイトに積極的に取り組み、チケットのもぎりや来場者の案内、裏方の仕事などで、コンサートやスポーツの試合などのイベントに幅広く関わっていました。気づけばバイトリーダーのような立場を任され、責任感を持って仕事に取り組む日々を過ごしていました。
イベントのステージでアナウンサーやMCの方が人前で話す姿や笑顔で現場に入ってくる姿がとてもキラキラ輝いて見え、「私もこういう業界に関わってみたい」と思うようになりました。
そこから、マスコミ業界への道を意識し始め、KBCテレビ局の隣にあるアナウンサー教室に通い始めました。でも実は、子どもの頃から自分の思いを言葉にすることが苦手で、声や話し方にコンプレックスを感じていました。その苦手を克服したいという思いもあり、アナウンスの練習に取り組むようになりました。
教室では講師として来られていた実際のアナウンサーの方から刺激を受け、本格的にアナウンサーを志すようになりました。結果的には、人材派遣会社のアナウンス部署の採用試験に挑戦し、220人の中の1人として合格することができました。その経験は、今でも私にとって人生の大きな転機になっています。


無知からのスタートでも”本気の努力”は伝わる
就職してからは、FBSの昼帯ワイド番組をはじめ、日曜の情報番組やラジオ番組まで、さまざまな番組に出演する機会があり、とにかくたくさんの仕事をいただきました。また、式典やイベント、披露宴の司会、CMナレーション、講師の仕事など、あらゆる「話す仕事」に携わるようになっていきました。
とにかく体を壊すほどのハードなスケジュールをこなしながら3年半ほど経った頃、Jリーグの中継レポーターのオーディションに合格しました。しかし、もともと担当していた仕事で毎日現場に出向いており、レポーターとしての勉強をする時間も、取材に行く余裕も全くありませんでした。
そんな中、アビスパ福岡の試合を観に行く機会があり、広報担当の方から試合前のロッカールームで突然、「選手にインタビューしてみたら?」と言われました。突然のことで何を聞けばいいのか分からず、頭が真っ白になってしまいました。とっさに「ポジションはどこですか?」と質問すると、「ボランチ」と答えてくれたのですが、その意味すら分からず固まってしまい、選手から「勉強してこい」と言われてしまいました。その瞬間、「どうしよう、何も知らないのにレポーターになってしまった」と猛省しました。せっかく掴んだチャンスを無駄にしたくないと思い、レポーターの仕事に専念する覚悟で、会社を辞める決断をしました。
そこからは、毎日のように練習場に通い、記者の方が選手に取材している横で、「どんな質問をしているんだろう」とメモを取り続けました。当時は録音もなく、すべてノートに手書きで必死に書き留めていました。最初は選手の言葉の意味も理解できなかったのですが、取材を重ねるうちに、「あ、こういう質問をすると、こういう答えが返ってくるんだ」と少しずつ掴めるようになっていきました。
1年間かけて先輩の中継を何度も見ては文字起こしをし、90試合分をすべて書き起こしました。「このタイミングでレポートが入るんだ」と研究を重ねながら、少しずつ中継の流れを身体で覚えていきました。また、福岡女学院のサッカー部の鶴原先生を訪ねて、ルールやポジションについて教えていただいたり、体育教官室に通って基礎を学んだりしながら、ようやくレポーターとしてデビューすることができました。
そして1年後、以前「勉強してこい」と言ってくれた同じ選手に練習場で再び取材した際、「お、勉強してきたな」と声をかけてもらうことができました。その言葉が本当に嬉しくて、「やっぱり取材の姿勢や努力は選手にも伝わるんだ」と仕事の楽しさを実感しました。

悔しい時こそ、チャンスを引き寄せる姿勢
学生時代は福岡女学院で中学から大学までを過ごし、バスケットボール部ではキャプテンを務めました。しかし、同じポジションに身体能力の高い選手がいて、なかなかメンバーに選ばれず、悔しい思いをすることも多くありました。
「辞めたい」と思うこともありましたが、キャプテンを任されたのは何か理由があるはずだと考え、チャンスに備えて自分の役割を全うしようと努めていました。
その結果、なぜ上手くいかないのかを振り返り、どんな姿勢でいればチャンスが巡ってくるのかを考える力が身につきました。いつでも辞めることはできますが、続けながら新しいことにも挑戦してみて、「新しい方向に進みたいのか」「本当にこれを辞めたいのか」と天秤にかけながら考えていると、自然とチャンスが訪れたり、新たな決断をするタイミングが来ることも学びました。
また、会社員時代にはアナウンサーの仕事だけでなく、テレビの旅番組やグルメレポートなど、タレントのような仕事もしてきましたが、どこか楽しいと思えておらず、このままでは続かないと感じていた時期がありました。それでも仕事を続けていると、ただ一つ、”司会の仕事”だけは楽しめていることに気づきました。そして、Jリーグの中継レポーターというチャンスが訪れました。
選手のヒーローインタビューや監督へのインタビューで良い言葉を引き出し、サポーターが盛り上がってくれたときの喜びはひとしおです。仕事が終わった後、自分自身も「楽しかったな」と感じられる“心ときめく仕事”に出会えたことを、本当に幸せに思っています。
アナウンサーの仕事をこんなに長く続けられるとは思っていませんでしたが、気づけば28年間、アビスパ福岡のレポートを続けることができています。これからもサポーターの皆さんと一緒に、勝敗に一喜一憂しながら、選手たちの背景や想いを汲み取れるレポーターであり続けたいと思っています。
あとがき
取材を通して、華やかに見える舞台の裏で、想像を絶するほどの努力を重ねてこられた姿を垣間見ることができました。森田さんの「続ける力」は、根性だけでなく、“納得できるまで向き合う強さ”から生まれているように感じます。これからも森田さんの言葉を通して、スポーツの魅力や人々の想いが広く伝わっていくことを願っています。









